9月14日、特番「ワールド・トレード・センター」(10/5−10/19 オンエア!)用として、
オリバー・ストーンの単独取材に行ってきました。
伊藤Pがオリバー・ストーンという名を知ったのは、今から約20年前。
今は亡き鎌倉の祖父母の家で、ビートたけしの「スーパージョッキー」という番組を見ていた。
この番組には毎週、“当時”映画評論家だった水野晴郎の映画コーナーがあった。
そのコーナーで、ベトナム戦争を題材にした「プラトーン」('86)という映画を取り上げていた。
水野氏は、プラトーンとは“小隊”という意味であること、
監督はオリバー・ストーンという人で、実際にベトナム戦争を経験していることを説明した後、
「今年のアカデミー賞、必ず獲ると断言します!!」と言っていた。
何故か、20年も前のこの日のことを良く覚えているのですが、
この日、伊藤Pの容量の少ない頭の中のハードディスクに、
オリバー・ストーンという名前が書き込まれた。
そして、水野氏の予言どおり、「プラトーン」はオスカーを受賞。
社会現象になるほどの話題作となった。
当然、メディアはオリバー・ストーンを取り上げる。
初めてオリバー・ストーンの顔を見たときに思ったのは、
「おっちゃんじゃん!」。
そんなオリバーおっちゃんの力作「プラトーン」は、
学校の英語担当の今関先生も強く薦めていたので、
今は亡き渋谷パンテオンへ見に行った。
それなりに楽しく見れたのですが、何がこの映画にオスカーをもたらしたのかは、
中坊だった伊藤Pには、さっぱり理解できなかった。
欲求不満に陥った伊藤Pは、帰りに吉祥寺のサンロードにあった今は亡き一平堂という書店で、
サマンサ・フォックスと小林ひとみのヌードが掲載されている「ペントハウス」を買った。
(後に母親に見つかるという大失態を犯した)
しかし、「ペントハウス」では、伊藤P的「プラトーン」問題を解決できるわけもなく、
仕方がないので今関先生に、「あの映画は何を訴えているのか?」と質問した。
ところが、「とにかく凄いんだよ」という、とても先生とは思えない答えしか返ってこなかった。
「プラトーン」の何が凄いのかわからないまま、悶々と日々暮らしていると、
水野晴郎効果か、親父も「プラトーン」を見に行ったというので、
上記の質問をぶつけてみると、
「一之は仲間を殺せるか?あーいう極限状態で、人間の精神がどう狂っていくのかを描いているんだ。
そんだけ、ヒデー精神状態に追いやられるってことだ。
そこがこの映画のポイントなんじゃない?」
という素晴らしい返答を頂き、以来、「プラトーン」を見た友達に受売りな解説をしてあげていた。
ついでに、今関先生にも教えてあげた。
「プラトーン」のヒットにより、お蔵入りの可能性大だった「サルバドル/遥かなる日々」('86)も日本で公開された。
「プラトーン」の凄さを知った中坊・伊藤Pは、当然見に行く事に。
吉祥寺のパルコにあるぴあのカウンターで「サルバドル学生1枚下さい」って言ったら、
カウンターのおねーちゃんは「えっ?こんな子がこんな映画を!?」と驚きの顔だった。
そう、俺は硬派でマセタ中坊だったのである。
というのは、かなり嘘で、単に当時アイドル女優だったシンシア・ギブが劇中レイプされるらしいと、
当時バイブルであった雑誌「ロードショー」で知り、
そのシーンが見たいという不純な動機で見に行った。
サルバドル状勢なんて、性欲満載の中坊に理解できるわけねーだろ。
さて、ベトナムにサルバドルと硬派なオリバーおっちゃんは、
またまたベトナムものの「7月4日に生まれて」を発表。
勿論、見に行った。
高校生になっていた伊藤Pは、映画の内容を理解できたのですが、
なんかあんまり面白いと思えなかった。
でも、アカデミー賞にもノミネートされているし、
「つまんない」なんて大きな声では言えないなぁーって思っていた。
そんな悶々デイを送っていた伊藤Pは、
新宿紀伊国屋ホールで開催された淀川長治先生とおすぎさんのトークショーを見に行った。
映画ファンにとって“神”である生淀川先生を拝めるありがたいイベントだ。
会場に着くと、おすぎさんが怒りながら「わたし今日やらない!!」と競歩チックに突進してきた。
これが伊藤Pとおすぎさんの初遭遇である。
「あら、怒ってる。今日のイベントは中止かな?」と危惧するも、
おすぎさんはちゃんと開始時間には戻ってきていた。
様々な映画の話をしてくれたのですが、「7月4日に生まれて」の話も出た。
淀川先生「汚い男だらけの映画」、
おすぎさん「オリバー・ストーンなんてバカよ」と、
イベントならではの毒舌ぶりに伊藤Pは歓喜した。
イベント終了後、2人の著書を購入し、淀川先生に握手とサインをしてもらった。
「あなたは結婚しているの?」と高校生の伊藤Pに聞く先生。
そんなに老けてみえるかな。。。
さて、先生とおすぎさんの発言にパワーを貰った伊藤Pは、学校の6時間目。
福島先生の超つまらない化学の授業中に、
「7月4日に生まれて」の感想文を認(したた)め、それを「ロードショー」に送り付けた。
数ヵ月後、読者コーナーに、「押し付けがましく、いかにも賞狙い」という伊藤Pの文章が掲載されていた。
これが世に出た初の伊藤P映画評である。
オリバーおっちゃん!ありがとう!!!
すべては「7月4日に生まれて」から始まった。
と、思い出一杯のオリバーおっちゃん。
そんなオリバーおっちゃんに今日、遂に会うわけだ。
20年前にタイムスリップして、何も知らない12歳だった自分に、
「お前、20年後に取材するんだぞ」って耳打ちしたい。
それぐらい感慨深いものがあるなー。
で、前置きが長くなりましたが、オリバーおじさんへの取材リポートです。
えっ、長い?
では続きは次回ということで。。。
以降、第2部に続く
オリバー・ストーンの単独取材に行ってきました。
伊藤Pがオリバー・ストーンという名を知ったのは、今から約20年前。
今は亡き鎌倉の祖父母の家で、ビートたけしの「スーパージョッキー」という番組を見ていた。
この番組には毎週、“当時”映画評論家だった水野晴郎の映画コーナーがあった。
そのコーナーで、ベトナム戦争を題材にした「プラトーン」('86)という映画を取り上げていた。
水野氏は、プラトーンとは“小隊”という意味であること、
監督はオリバー・ストーンという人で、実際にベトナム戦争を経験していることを説明した後、
「今年のアカデミー賞、必ず獲ると断言します!!」と言っていた。
何故か、20年も前のこの日のことを良く覚えているのですが、
この日、伊藤Pの容量の少ない頭の中のハードディスクに、
オリバー・ストーンという名前が書き込まれた。
そして、水野氏の予言どおり、「プラトーン」はオスカーを受賞。
社会現象になるほどの話題作となった。
当然、メディアはオリバー・ストーンを取り上げる。
初めてオリバー・ストーンの顔を見たときに思ったのは、
「おっちゃんじゃん!」。
そんなオリバーおっちゃんの力作「プラトーン」は、
学校の英語担当の今関先生も強く薦めていたので、
今は亡き渋谷パンテオンへ見に行った。
それなりに楽しく見れたのですが、何がこの映画にオスカーをもたらしたのかは、
中坊だった伊藤Pには、さっぱり理解できなかった。
欲求不満に陥った伊藤Pは、帰りに吉祥寺のサンロードにあった今は亡き一平堂という書店で、
サマンサ・フォックスと小林ひとみのヌードが掲載されている「ペントハウス」を買った。
(後に母親に見つかるという大失態を犯した)
しかし、「ペントハウス」では、伊藤P的「プラトーン」問題を解決できるわけもなく、
仕方がないので今関先生に、「あの映画は何を訴えているのか?」と質問した。
ところが、「とにかく凄いんだよ」という、とても先生とは思えない答えしか返ってこなかった。
「プラトーン」の何が凄いのかわからないまま、悶々と日々暮らしていると、
水野晴郎効果か、親父も「プラトーン」を見に行ったというので、
上記の質問をぶつけてみると、
「一之は仲間を殺せるか?あーいう極限状態で、人間の精神がどう狂っていくのかを描いているんだ。
そんだけ、ヒデー精神状態に追いやられるってことだ。
そこがこの映画のポイントなんじゃない?」
という素晴らしい返答を頂き、以来、「プラトーン」を見た友達に受売りな解説をしてあげていた。
ついでに、今関先生にも教えてあげた。
「プラトーン」のヒットにより、お蔵入りの可能性大だった「サルバドル/遥かなる日々」('86)も日本で公開された。
「プラトーン」の凄さを知った中坊・伊藤Pは、当然見に行く事に。
吉祥寺のパルコにあるぴあのカウンターで「サルバドル学生1枚下さい」って言ったら、
カウンターのおねーちゃんは「えっ?こんな子がこんな映画を!?」と驚きの顔だった。
そう、俺は硬派でマセタ中坊だったのである。
というのは、かなり嘘で、単に当時アイドル女優だったシンシア・ギブが劇中レイプされるらしいと、
当時バイブルであった雑誌「ロードショー」で知り、
そのシーンが見たいという不純な動機で見に行った。
サルバドル状勢なんて、性欲満載の中坊に理解できるわけねーだろ。
さて、ベトナムにサルバドルと硬派なオリバーおっちゃんは、
またまたベトナムものの「7月4日に生まれて」を発表。
勿論、見に行った。
高校生になっていた伊藤Pは、映画の内容を理解できたのですが、
なんかあんまり面白いと思えなかった。
でも、アカデミー賞にもノミネートされているし、
「つまんない」なんて大きな声では言えないなぁーって思っていた。
そんな悶々デイを送っていた伊藤Pは、
新宿紀伊国屋ホールで開催された淀川長治先生とおすぎさんのトークショーを見に行った。
映画ファンにとって“神”である生淀川先生を拝めるありがたいイベントだ。
会場に着くと、おすぎさんが怒りながら「わたし今日やらない!!」と競歩チックに突進してきた。
これが伊藤Pとおすぎさんの初遭遇である。
「あら、怒ってる。今日のイベントは中止かな?」と危惧するも、
おすぎさんはちゃんと開始時間には戻ってきていた。
様々な映画の話をしてくれたのですが、「7月4日に生まれて」の話も出た。
淀川先生「汚い男だらけの映画」、
おすぎさん「オリバー・ストーンなんてバカよ」と、
イベントならではの毒舌ぶりに伊藤Pは歓喜した。
イベント終了後、2人の著書を購入し、淀川先生に握手とサインをしてもらった。
「あなたは結婚しているの?」と高校生の伊藤Pに聞く先生。
そんなに老けてみえるかな。。。
さて、先生とおすぎさんの発言にパワーを貰った伊藤Pは、学校の6時間目。
福島先生の超つまらない化学の授業中に、
「7月4日に生まれて」の感想文を認(したた)め、それを「ロードショー」に送り付けた。
数ヵ月後、読者コーナーに、「押し付けがましく、いかにも賞狙い」という伊藤Pの文章が掲載されていた。
これが世に出た初の伊藤P映画評である。
オリバーおっちゃん!ありがとう!!!
すべては「7月4日に生まれて」から始まった。
と、思い出一杯のオリバーおっちゃん。
そんなオリバーおっちゃんに今日、遂に会うわけだ。
20年前にタイムスリップして、何も知らない12歳だった自分に、
「お前、20年後に取材するんだぞ」って耳打ちしたい。
それぐらい感慨深いものがあるなー。
で、前置きが長くなりましたが、オリバーおじさんへの取材リポートです。
えっ、長い?
では続きは次回ということで。。。
以降、第2部に続く