“評判が良いから、感動するに違いない”
という安易な鑑賞をした多くの人が、ポカーンとした『ノーカントリー』。
伊藤Pも多分に漏れず、ポカーンとした一人ですが、
なんとか解釈してみました。
以下、【伊藤Pの部屋】#196では触れなかった、
『ノーカントリー』の伊藤P的な解釈です。
しかしながら、様々な解釈が可能な作品ですし、
そもそも映画の見方に正解なんてないので、
違った感想や考えを持つ方も沢山いると思います。
あくまでも、伊藤Pの解釈だという前提でお読み下さい。
また、ネタバレしていますので、読む際はご注意下さい。
『ノーカントリー』を見てから読むことをお薦めいたします。
『ノーカントリー』 3/14よりシャンテ・シネほか全国にて 配給会社:パラマウント、ショウゲート (C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved. |
『ノーカントリー』は、3人の登場人物の物語によって構成されている。
・麻薬取引現場に残された大金を持ち逃げした男モス。
・その金を奪い取るために執拗にモスを追う殺し屋シガー。
・モスを助け、シガーを捕らえるために2人を追う保安官ベル。
そして、多くの人がポカーンとした要因は保安官ベルのパートにある。
なので、本解釈はモスVSシガーを省いて、ベルをメインに進める。
まず、保安官ベルのナレーションから始まる。
祖父の代から親子三代続いて、保安官であることが語られる。
つまりベルは、常に自分の先祖の背中、
特に父親の背中を見ながら働いてきた。
そして、不気味な存在である殺し屋シガーが登場し、
エアガンのような酸素ボンベを用いて、人を殺していく。
ベルは皆殺しの麻薬取引現場を検証し、
事件を追うにつれ、日々感じていた最近の犯罪の変化、
つまり違和感を益々募らせる。
顔見知りであり、犯罪なんて犯すような人物ではないと思っていたベトナム帰還兵のモスが、
この事件に絡んでいることも、彼にはショックだった。
そして、なんとかモスを助けようと行動に出る。
モスの奥さんに協力を仰ぎ、必ずモスを助けると誓う。
しかし、モスはベルから差し伸べられた救いの手に逆らい、
茨の道を選び、シガーに殺されてしまう。
(※注、追記:こちら、下記、シガーに殺されたのではないというコメントを頂きました。
その通りでございます)
モスを一歩手前のところで救えなかったベルは凹む。
奥さんとの約束も果たせなかった。
無念の思いを抱いたまま、
モスが殺された街の保安官と、ダイナーで愚痴大会を繰り広げる。
“今の若者たちはおかしい”と。
そして、ベルはモスが殺された現場にもう一度足を向ける。
部屋のノブが、モスのトレーラーハウスと同じ様に破壊されている。
ここがちょっとあやふやで自信がないのですが、
恐らくベルは、ドアに空いた丸い穴の金属部分の反射から、
モスの隠したお金を探しにきたシガーが、
部屋の中で息を潜めているのを察知したはず。
でも、直ぐにドアを開けられない。
ビビッたんでしょう。
そして、結局、逃げられてしまう。
また、ベルは犯罪自体だけでなく、
日々の同僚とのやり取りにも違和感を感じている。
所謂、ゼネレーションギャップだ。
移り行く時の流れに付いて行けず、時代に取り残されている感覚。
仲間とのギャップ。
モスを救えなかった無念。
シガーを捕まえるチャンスを、己の恐怖心によって逃してしまった自責の念。
これでもう保安官を辞めようと思ったのでしょう。
ついで、下半身不随となった友人の家に訪れ、
そういう身体になった原因である犯人に対して、復讐したいかを問う。
しかし、意外にも友人の答えは「否」だった。
自分には下半身不随になるかもしれないという恐怖に、
打ち勝つような勇気がなかった。
ここで辞職することを心に決める。
そして、最後の奥さんとの食卓での会話。
夢の話だ。
父親と一緒にハイキングだか山登りだかに出掛けるが、
父親はベルを置いてさっさと先に行ってしまう。
父親はきっと先で待っていてくれると信じた。
しかし、父親は待ってはくれなかった。
つまり、父の背中を見て、保安官になることを志、
なったあとも職務を全うしてきた。
自分も父親みたいになる。
父親を越える。
でも父親は待ってくれなかった。
最近の麻薬がらみの事件や、シガーのような異常な奴らの登場によって、
自らのキャリアに線を引く決意をし、結局、父親を越えることが出来なかった。
そんな男の諦観。
また、アメリカの全土のことを見てみると。
暴力性、多様性に拍車がかかる。
自分の慣れ親しんだアメリカではない。
自分の住む国ではなくなった
だから
「No country for Old Men」。
『ノーカントリー』は、ベルの視点を通して、
過去(1980年)から現代のアメリカの荒みを逆照射している。
福井晴敏が「終戦のローレライ」で取った手法と一緒だ。
このベルの嘆きを見聞きして、観客は何を感じるか?
ベルの嘆きは、一見、正論だし哀愁漂っているように見えるけど、
時代に乗り遅れただけのオッサンとも言える。
彼の気持ちが理解できるのは、きっと団塊の世代とか、
年齢が比較的上の方々ではないでしょうか?
我々の世代が共鳴するには、まだ時期尚早のように思う。
因みに、伊藤Pはベルのパートがいらなかった。
徹底的にモスVSシガーを描いて欲しかった。
でも、それだけだったらこんなに高い評価を得ていないということもわかっている。
それでも、最後の決闘は描いて欲しかった・・・
キャラクター造形は完璧
スリリングな展開も完璧
血の量も完璧
残虐性も完璧
傷の負い方も完璧
なのに〜!!
モスが殺されるまでは100点満点だった。
『ノーカントリー』 ※保安官ベル:トミー・リー・ジョーンズ インタビュー動画 ※殺し屋シガー:ハビエル・バルデム インタビュー動画 ※逃亡者モス:ジョシュ・ブローリン インタビュー動画 ※監督:コーエン兄弟 インタビュー動画 |
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プロフィール
伊藤一之<♂>
2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。
本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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コメント (12)
感想読ませて頂きました。
この映画色々な解釈ができて、映画の利点が最大限活かされた
いい映画ですよね。道徳とか安っぽい勧善懲悪ものではなく。。。
重箱の隅をつつくようなイヤなコメントして申し訳ありませんが、
一点気になったので、、、
「茨の道を選び、シガーに殺されてしまう。」というところですが
モスはシガーには殺されなかったんですよね
モスの奥さんのお母さんに近づいたメキシコマフィアに殺されて
しまったんですよね。
これも、因果というか意外性があって、テーマにあった結果だと
思いました。
あと、私は、最後の夢の話は、
「父親と同じように生き、そして死んでゆく」
という意味にとってました。
ちがうともしれませんが、東洋的な無常観に似た心境のように
感じました。
生意気なコメントをして申し訳ありません。
投稿者: とおりすがり | 2008年09月13日 19:17
>とおりすがりさん
コメントありがとうございます。
>「茨の道を選び、シガーに殺されてしまう。」というところですが
>モスはシガーには殺されなかったんですよね
>モスの奥さんのお母さんに近づいたメキシコマフィアに殺されてしまったんですよね。
おっと!
そうですね。
その通りですね。
おっしゃる通りでございます。
謹んで訂正させて頂きます。
そっかぁ〜。
だから後でモスがモーテルに来ていたのか・・・
なんかその辺の筋がすっきりしました。
そして、「今の今まで誰からも突っ込みがなかった=恥をさらしていた」
ということで、本当にご指摘ありがとうございました。
父親の夢に関する解釈は、まぁ、人それぞれでしょうね。
そういう余韻を楽しむのもいいですし、
人それぞれが自分たちの解釈をするのも良いことだと思います。
>生意気なコメントをして申し訳ありません。
ぜんぜん生意気なコメントなんかじゃありませんよ!
引き続き、ガンガン、コメントお待ちしております!!
“とおりすぎないで”でまた戻って来てください!!!
投稿者: 伊藤P | 2008年09月16日 20:36
伊藤Pさんおもしろすぎます。
本日、母親と鑑賞後ポカーンとした一人です。
おかっぱの方の視点からも解説してほしいです。
投稿者: おか | 2008年10月26日 16:55
>おかさん
コメントありがとうございます。
おもしろすぎますかね?
まぁ、どこまで自分の文章が面白いのか判りませんが、楽しんでいただけて何よりです。
おかっぱの視点ですか?
かなり難易度高いですね・・・
あまり彼の経歴やら生い立ちが描かれていませんからね・・・
シガーはアメリカの象徴という感じなので、
アメリカの歴史を振り返れば、シガーの人物像が見えてくるのかも知れませんね。
投稿者: 伊藤P | 2008年10月30日 22:23
はじめまして。私もぽかーんの一人でしたが、「シガーはアメリカの象徴」の一言で、初めて「ノーカントリーを観た」気分になりました。
シガーは狂気のアメリカ、エアガンは強大な軍事力。理由もなく殺人を重ねる姿は、イラク戦争そのものですね。イスラム圏などにとっては、アメリカはシガーそのものかもしれません。
麻薬取引抗争は混沌とする世界情勢。
モスは金に目がくらむ一般的なアメリカ人。
ベルは保安官=正義の象徴。狂ったアメリカも、古き良き自分だったまっとうな正義には気後れする。だからモーテルにベルが踏み込んだとき、シガーは「昔の自分」を殺さずに逃げてしまう。
半身不随の友人は老いたイギリス。
賭けに勝ったドラッグストアのおやじや、シガーにきっぱりと意見を言うモスの奥さんは、フランスなど一部「骨のある国」。
シガーが追突された交通事故は9・11同時テロ。
ただで洋服をやるというお人よしの子どもは日本。
同時テロで傷つきながらも、フラフラと歩みを続けるアメリカ・・・
そしてラストシーン。ベルの父親はずばり「理想」ですね。ずっと理想を追い求めてきたが、結局理想には追いつけなかった。
そして「正義」も引退する。今や理想や正義の体現者としての国家は存在しなくなった―ノーカントリー。
こじつけですが、私なりの解釈です。
投稿者: こおろぎ | 2008年11月18日 06:34
>こおろぎさん
す、素晴らし過ぎる。
見事な解釈ですね。
映画評論家になれますよ。
シガーはアメリカの象徴なんて書きましたが、
ここまで深く解釈していませんでしたよ。
そっかぁ〜、
交通事故とかよく判らない描写の一つだったんですけど、
これで納得しました。
ありがとうございます!
また、他の作品でも鋭い解釈等々、
是非お願い致します!!
投稿者: 伊藤P | 2008年11月18日 11:34
こんなすごいブログを運営している伊藤Pさんにそんなことを言われたら照れちゃいますね(〃ー〃)
ついでにもっとこじつけちゃえば、シガーに放たれた刺客は旧ソ連。自信満々だけど、あっさり負けちゃいましたから。そういえばハレルソンて顔がロシア系・・・
投稿者: こおろぎ | 2008年11月18日 21:06
シガーが、交通事故に遭い、骨が肘のあたりから体の外に突き出る重症を負ったのに、医者にかかろうともせず現場から逃げていくところでシガーの物語がおわっているところにアメリカらしいところを感じました。
シガーは、その前にモスとの打ち合いで、足を打たれた時も医者に行かずに、自分で注射を打ったり、傷口の手当てをしています。
しかし、腕の骨が折れて皮膚を突き破っている状態では、自分で直すことは難しいと思います。自分ひとりで、自分の片腕を切断するのは、難しいだろうし、そのまま医者にかからなければ、傷口が化膿してしまうだろうと思います。医者にかかれば、多分警察につかまってしまうでしょうし、片腕がだめになっているので、今度は警察官の首をしめることもできないと思います。
ですから、あの交通事故で、シガーの運命は終わったのだと思います。
アメリカの映画は、特にアカデミー賞作品では、善と悪の戦いを描いたものは、必ずと言ってよいほど、最後に悪が滅びます。
「ディパーテッド」でも、オリジナルの香港映画「インファナルアフェア」では、悪人が最後まで生き延びてますが、「ディパーテッド」では、一番の悪人がラストであっけなく殺されてしまいます。
アメリカは、今でも国民の過半数は神を信じているというニュースを以前きいたことがありますが、清教徒の国ですから、聖書の「殺す無かれ、盗む無かれ、欺く無かれ」などの十戒の教えを守りたいと言う気持ちが、根底にあるような気がします。
実際には、アメリカは、イラクやベトナムなど、世界中で戦争をして人を殺しまくってますけど。
投稿者: 和風チャーハン | 2009年02月22日 00:44
>和風チャーハンさん
コメントありがとうございます。こおろぎさんに引き続き、素晴らしい解釈ありがとうございます!
シガー=アメリカという解釈と付き合わせると、アメリカはこのまま終焉を迎えるということか・・・?
投稿者: 伊藤P | 2009年02月25日 21:11
伊藤Pさんこんにちは。
私の誤字だらけの文章をのせていただき、ありがとうございます。
>アメリカはこのまま終焉を迎えるということか・・・?
かつては、奴隷だし、現在も差別問題のある黒人という人種から、国家元首を選んでしまう国なので、どうなるでしょうね。
今、WOWOWで「炎のランナー」を放送してます。これも十戒の、安息日を守れという教えをモチーフにした、アカデミー作品賞受賞作品です。音楽も良いですね。
投稿者: 和風チャーハン | 2009年02月28日 08:37
ここの映画解釈も、こおろぎさんの解釈もすげぇです
投稿者: まつしま | 2010年05月23日 20:56
つい最近、この映画を観て「はてさて?」という宙ぶらりんな気持ちでおりました。退屈はしませんでしたし失望もしませんでした。とにかく不思議な会話に味がある。どちらかというとグイグイ引き込まれましたが、観たあとがどうも宙ぶらりんなのです。‥で皆さんのご意見を読んで目から鱗が落ちました。
このサイトを読んで何となくホッとしたのです。
投稿者: 団塊オヤジ | 2015年12月14日 09:49