ホラーというか幽霊にこだわり続けた黒沢清監督が、初めて挑んだ家族ドラマ。
『トウキョウソナタ』 9/27より恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町ほか全国にて 配給会社:ピックス (c)2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会 |
突然リストラされるも、威厳を保つため家族に打ち明けられない佐々木竜平。
専業主婦として家事を頑張るが、家族の反応が薄く、心にぽっかりと穴が開いてしまった妻・恵。
家から距離を置いて生活をしている大学生の長男・貴。
学校や親に対して反発心を抱き、内緒でピアノ教室に通い始める小学6年生の次男・健二。
黒沢清監督は、ごくごく普通に生活していたのに、
いつの間にかちぐはぐな関係になってしまった家族を、
東京、日本、そして、世界に見立てて描いている。
時として感情部分の演出をすっ飛ばすことのある黒沢清監督が、
家族ドラマを撮るというだけで興味津々だったのですが、
いざ、蓋を開けてみたら丹念に人間の心の機微を映し出していた。
これは佐々木一家を演じた香川照之、小泉今日子、子役たちが、
黒沢清監督が考えるコンセプトをきちんと理解したうえで演じているというのも、
大きな要因となっているように思う。
どちらかというと黒沢清監督の作品は淡々としている。
本作も淡々としているけど、登場人物たちはいつ爆発してもおかしくない感情を常に抱えている。
この感情面が役者たちに託されている。
そして、沸点に至って爆発するまでの過程が面白くもあり、切実でもあった。
どこにでもいる様な家族だからこそ、現実味を増す家族のドラマだ。
“家族って良いよねぇ〜”とはよく言われるけど、
その実は結構えげつなかったりする。
毎日毎日が平穏である家庭なんて、そうそうないでしょう。
夫婦が喧嘩して、お互い間違っていたと気付き、仲直りして反省し、
より良い環境を作ろうと努力する幸せ。
大学受験でピリピリしていた息子が受かって、笑顔取り戻した瞬間の喜び。
荒くれていた少年が、立派に成人式を迎えた時の感動。
細かい困難と幸せの積み重ねだ。
幾多の困難な山を乗り越えて辿り着いた地点から過去を振り返って見て、
「あぁ〜いろいろあったなぁ〜。
乗り越えてきたんだなぁ〜。
ここまでみんなで協力し合って頑張ったんだなぁ〜。
この家族だから成し得たんだなぁ〜」
って、思えたりするのが幸福だったりする。
“破壊+再生=幸福”みたいな感じ?
そして、人生最大の幸福の瞬間は、もしかしたら最期を迎える瞬間なのかも知れないけど、
そう思える瞬間を目指しているからこそ、
人は面倒で、時に煩わしいと思いながらも家族という組織を形成していくのでしょう。
果たして、佐々木一家は、再生の希望を見出すことは出来るのだろうか・・・
と、なんだかやや飛躍した話になってしまいましたが、
カンヌ映画祭「ある視点」部門の準グランプリである「審査員賞」を受賞しているだけのことはあって、
とても奥行きのある作品に仕上がっていると思う。
難解なことが多い黒沢清監督作品ですが、今回はかなり判り易くなっている点も特徴だ。
しかしながら、『トウキョウソナタ』は、黒沢清監督が新境地を開拓した意欲作ではあるけれど、
今までの黒沢清のテイストも多分に含まれている。
まず、常に東京の風景を撮り続けていた様に、今回も東京が中心だ。
映像のトーンもいつもの様に灰色ぽくて、寒々しい。
そして、露骨ではないけど一応、ショッキングなシーンも用意されている。
まぁ、この作品の“好評”や“黒沢清節”は、数多の媒体で書かれるだろうから、
ちょっと別の話をしましょう。
本作に登場する佐々木家の家の中を見たときに、変な作りだなぁと思った。
食卓の横が居間になっているんだけど、3段ぐらいの段差があって、
居間の方が低い作りになっている。
で、家族の長が父親であることが明確である亭主関白な佐々木家では、
父・竜平の発言は絶対であり、竜平自身もそれを意識して振舞っている。
ところが、従順だった妻・恵が爆発して、竜平を攻め込むシーンがある。
この時、食卓側にいるのが恵で、居間にいるのが竜平だ。
つまり、恵の方が竜平よりも高い位置にいて、見下すような感じになっている。
今まで絶対君主であった竜平とそれに従っていた恵との立場の逆転を、
構図としても見せている。
このシーンを見た瞬間に、家の作りの意図するところが判った。
鑑賞後、資料を読んだら室内はセットを組んだと書いてあったので、
恐らく、構図を大切にする黒沢清監督は家族間のパワーバランスの表現を考慮して、
セットのデザインの指示を出したに違いない。
この段差を使った演出は『トウキョウソナタ』以外でも、
多く使われているので、映画の中で段差を使っての対比があったら、
是非意識してみて下さい。
※『トウキョウソナタ』香川照之&小泉今日子 インタビュー テキスト