1/30より全国にて 配給会社:松竹 (C)2010「おとうと」製作委員会 |
山田洋次監督10年ぶりの現代劇。
東京で夫亡き後、薬局を営みながら一人娘小春を育てて来た高野吟子。
その小春の結婚式に、音信不通だった吟子の弟・鉄郎が現れる。
鉄郎はかつて法事の席で泥酔して暴れた前科があり、
吟子は酒を飲まないようにと釘を刺す。
しかし、やっぱり酒を飲んで酔っ払ってしまった鉄郎は、
ここでも騒動を起こしてしまう。
厳しく叱責する身内たちの中で、唯一吟子だけは鉄郎をかばうが、
やがてあることがきっかけで、遂に吟子は鉄郎に絶縁を宣言してしまう。
しょげて家をでる鉄郎だったが、その顔色はあまり良く無かった・・・。
前半はコメディタッチの人情劇といった感じで軽快に進み、
気楽に見ていられたんだが、中盤から急転。
鉄郎がゴホゴホと咳をしていたので、“もしや?”とは思っていたが、
案の定の展開。
“山田洋次監督、あなたもですか?”って。
しかしながら、確かに死を扱っているものの、
登場人物を強引に死なせて泣かせようとするペラペラなお涙頂戴映画とはまるで違った。
「男はつらいよ」シリーズを筆頭に、
数々の作品で家族や人の繋がりを扱ってきた山田洋次だけに、
面倒臭い関係だけど、そこにある家族の絆、そして人の最期のあり方を問う、
濃厚な人間ドラマだった。
題材的には重くなってしまいそうだけど、
ユーモアを散りばめ、肩肘張らずに見られるような演出がなされているのも良い。
そして、見易い中にもターミナルケアの現状をしっかりと描いている点も見逃せない。
伊藤Pの父は癌で死ぬまでの最期の2週間、
ケアマネージャーや往診をしてくれる医師の方々に大変お世話になった。
死期が迫る父だけでなく、慣れない状況に右往左往する家族にも気を配り、
適切なアドバイスをしてくれた。
そして、死を迎えた後の故人の扱いも、とても丁重だった。
きっと今まで何百人という数の患者を診てきたはず。
慣れ故に事務的な対応をしてもおかしくないのに、全くそういうことが無かった。
昼夜を問わず、何かあればすっ飛んで来てくれる。
本当に頼りになったし、心の支えだった。
人の死に直面する仕事に携わっている人々を敬う姿勢がこの映画から伝わって来て、
当時のことが思い出された。
このターミナルケアの描写はリアリティがあるんだけど、
それは鉄郎を演じた笑福亭鶴瓶の貢献が大きい。
『ディア・ドクター』でも良い味だしていたが、
本作では憎めないキャラに迫真の演技がプラスされている。
以前、テレビで鶴瓶師匠を見た時に、“随分痩せたなぁ”って思ったことがあった。
本作の役作だったんですね。
マジで病人に見えました。
他のキャストはといいますと、
吟子を演じた吉永小百合は良くも悪くも吉永小百合だった。
小春役の蒼井優と、小春の幼馴染みで高野一家を温かく見守る亨役の加瀬亮も、
役柄的にはさほど新鮮味はないけど、安定感があって安心して見ていられた。
小春も亨もどこにでもいるような人たちだ。
個性的な役柄よりも、普通の人を演じるほうが実は難しいように思う。
そして、毎度のことではあるが、姑を演じた加藤治子の存在感も忘れ難い。
山田洋次監督は日々の日常を切り取ることによって
人のあり方、家族のあり方、人との繋がり、
そして、いずれは全員に訪れる死を描くのが本当に上手い。
「死」を描きながらも、ちゃんと前を向いている。
今までの人生を鑑み、これからの人生のあり方を考えさせられる。
心にたくさんの栄養を与えてくれる作品だった。
そんな映画を作ってくれた山田洋次監督を始め、
スタッフ、キャストの方々に感謝したい。
派手なシーンはないし、オーソドックスな撮影方法だけど、
これぞ映画だと感じた。
■『おとうと』
※加瀬亮 インタビュー テキスト
※加瀬亮 取材記