2010年06月30日更新

#494 『ザ・コーヴ』


ザ・コーヴ

『ザ・コーヴ』

7/2よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次
配給会社:アンプラグト
(C) OCEANIC PRESERVATION SOCIETY. ALL RIGHTS RESERVED.




和歌山県太地町で行われているイルカ漁を糾弾したアメリカのドキュメンタリー映画。


その内容から、何かとを物議をかもしている話題作。


当初、6月26日から公開予定だったが、上映中止を求める抗議運動が活発化し、
一旦、公開を見合わせた。
しかしながら、なんとか日本での公開に漕ぎ着けた。


本作に登場するのはリック・オリバーという人物。
彼は元々、60年代に人気を博したドラマ「わんぱくフリッパー」で、
イルカの調教師として活躍していた。


ザ・コーヴ


しかし、イルカに情が移り、自分の行ってきたことを自戒し、
イルカや鯨の捕獲に反対する活動家になる。


先日キャプテン・ポール・ワトソンが逮捕されたシー・シェパード同様、
やることは過激で逮捕歴もある。


そのことを劇中、武勇伝の如く語りだした時点で、
個人的にはこのオッサンの言動には懐疑的だったりするんだが、
本作は第82回アカデミー 賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した。


つまり、リック・オリバーの主張や活動内容がある意味、世間に認められる形となった。


確かにリック・オリバーの言っていることは、正しい部分もあるとは思う。
しかしながら、それをドキュメンタリー映画の中に収めようとしたことで、
無理が生じてしまったような気がする。


この作品はドキュメンタリー映画じゃないよ。


太地町の漁師たちの主張は一切なく、
リック・オリバー側の一方的で都合の良い描写が多いのはもちろん、
よく指摘されている通り、立ち入り禁止区域に入って、
隠し撮りをしている点はいかがなものかと。


ザ・コーヴ


漁師たちに取材拒否されたと言うが、
真のドキュメンタリー映画なら公平性を保つために、
意地でも漁師側のコメントを取らないと。


まぁ、そもそも多くのドキュメンタリー映画には作り手の主観が入ってしまうから、
ドキュメンタリーの定義自体が曖昧で難しいんだけどね。


百歩譲って、地元の人たちに取材拒否されたんだから仕方がないと割り切ったとしても、
やっぱりこの作品はドキュメンタリー映画じゃない。


サスペンス・アクション・ホラー超大作だよ。


主演はもちろんリック・オリバー自身が演じるリック・オリバー。


過去の自分の行いを悔い、更生したというキャラクターだ。
足を洗った分、陰のある人物となる。


そして、リック・オリバーは『オーシャンズ11』の様に、
イルカ漁に反対する人たちを集めてチームを作り、
イルカの生態の素晴らしさを解き、見るものを感情移入させる。


イルカを守るチームが正義の味方という位置づけになる。


ザ・コーヴ


一方で太地町の人たちを排他的で不気味な秘密結社のように仕立てる。
オリバーズ・イレブンを監視する人物が、警察署長だったりする。


『ランボー』がそうであったように、
ある程度の地位を持つものを悪役にすることで、
より一層、組織ぐるみ色を強くする。


更には日本そのものを帝国主義と表して悪者にする。


弱きを守り、悪の組織と戦うヒーロー。
娯楽映画の定番、勧善懲悪の出来上がりだ。


そして、オリバーズ・イレブンは、太地町へと赴き、
イルカが殺戮されているという入江(コーヴ)へと侵入を試みる。
目的はイルカ漁を映像に収めること。


が、しかし、太地町住民の執拗な追跡と監視によって阻まれる。


撤退を余儀なくされたオリバーズ・イレブンは、
綿密なる計画と豊富な資金を元に再び潜入を試みる。


この潜入作戦はまるで『ミッション・インポッシブル』だ。
追う太地町の住民。かわすオリバーズ・イレブンたち。


手持ちカメラ、フィックスの暗視カメラ、水中カメラといったあらゆカメラ、
更には世界最高峰のSFX工房ILMの特撮を駆使し、
サスペンスフルなスコアに乗せ、速いカット割りで、
臨場感溢れる息詰まる双方の攻防をスリリングに描く。


おまけにヘリコプター(ラジコンだけど)による壮大な空撮まである。


が、この二回目の侵入作戦の演出はかなり酷い。


なぜなら太地町の人たちが不在だから。


監視・追跡しているかの様に見せているだけだ。


入江の近くに来て、「誰か来た!」と思ったら「タヌキだった!」って、
そんな描写がドキュメンタリー映画に必要でしょうか?


まるであんたらの方が、騙すのが得意なタヌキじゃないの!って。


これをドキュメンタリーです!
と言い張られたら、逆に狂言にしか見えん。


で、見事インポッシブルな潜入ミッションをポッシブルにした
オリバーズ・イレブンは、
入江で行われている衝撃のイルカ漁の撮影に成功する。


ここら辺の描写はもう戦慄の血しぶきホラーだ。


ザ・コーヴ


と、やや茶化し気味に書きましたが、
この映画は衝撃の映像を撮ることが目的で、
その過程をエンターテイメント化して描いている点が一番気になった。


本当にイルカ漁を止めたいのなら、このイルカ漁の映像を元に、
もっと違う方向で世に訴えるべきでは?


なんだか欺瞞だらけの映画にしか見えない。


ただ、一方で、イルカ漁がここ日本で行われていることを、
この作品で初めて知ったのもまた事実。


やはり最初に聞いた時はちょっとショックだった。


しかし、未だかつて、
イルカの肉を売っているお店に出くわしたことがないんだが、
そんなに流通しているものなのだろうか?


太地町の人たちの生活があるので、適当なことはあまり言えないけど、
イルカの肉ってそんなに需要があるのかな?


まぁ、例えイルカの肉をスーパーとかで見かけたとしても、
この映画の映像を見たら食べたいとは思わないよね。


でも牛や豚でも同じことで、屠殺の現場をみせられたら、
牛肉や豚肉を食べたいとはあまり思わないでしょう。


実際に屠殺シーンのある『いのちの食べかた』を見たときは、
ちょっとお肉を食べる気にはならなかった。


ただ牛肉や豚肉はそもそも食べる文化や供給があり、
美味しいと知っているから、
また暫くしたら食べたくなり、今じゃ、モリモリ食べているけどね。


あったものを駄目!と言われるとつらいけど、
イルカの肉は食べたことがない。
元々ないものだからなくても平気だ。


あと、本作の公開に対しての妨害活動についてだけど、
やればやるほど逆効果だと思う。


余計に世間の関心を買うだけだよ。


目的が違うだけで、やっていることはオリバーたち活動家と変わらない。
そして、本作は間違いなくヒットする。

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コメント (1)

はじめまして。

この映画、私もほぼ同意見でした。欺瞞にまみれた映画であることは論を待ちませんが、かといってこの映画が無価値であるかといえばそんなことはないと思います。私も「イルカ漁がこのような規模で、このような方式で行われている」ことを全く知りませんでしたし。

個人的に興味があるのは、「非難する連中の言い分の是非はともかく、そのような国際的な非難を浴びてまで、イルカ漁を続ける必要(合理性)があるのか」です。

ご指摘の通り、クジラと違い、イルカ肉はあまり市場に流通しているとは思えません(映画では流通しているかのように描かれていましたが、「そんな事実はない」というのが公式見解らしいですし)し、美味という話も聞きません。「日本の伝統を守るため」というだけでは積極的に継続する理由にはなりがたいと思うのですが...ううむ。

もちろん、ショー用のイルカを生け捕ることは経済的合理性がありますから、それは続けるとしても、その他のクジラは殺さずに放せば良いだけ、かと思うのですが..。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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