9/11より全国にて 配給会社:東宝 (C)2010「悪人」製作委員会 |
長崎の外れのさびれた漁村で暮らす土木作業員の清水祐一は、
車だけが趣味で、生きることに喜びを見出せないでいた。
佐賀の紳士服売り場で働く馬込光代は、
アパートと職場の往復だけの退屈な日々を送っていた。
そんな2人が出会い系サイトを通して知り合い、
お互い惹かれ、愛し合う。
それは祐一にとっても、光代にとっても、
今までにない「誰かを愛する」という感情だった。
しかし、光代は祐一から、
数日前、福岡と佐賀の県境の峠で、
OLの石橋佳乃を殺害したという衝撃的な事実を知らされる・・・。
かなり内容の濃い人間ドラマだった。
故に簡単に語れる類の作品ではない。
ある青年が犯した殺人事件。
その過程と原因が単純ではない。
佳乃を殺した祐一はもちろん悪い。
が、しかし、殺された佳乃の言動にも問題があるし、
殺害現場となってしまった峠に、
彼女を放置した軽薄な大学生増尾圭吾にも憤りを感じる。
一方で、光代は祐一が殺人犯であるという事実を知った後、
絶対に鳴らしてはいけないクラクションを鳴らしてしまう。
それが2人の運命を悪い方へと導くと知りながらも・・・。
そして、それに応えてしまう祐一・・・。
2人の生い立ちや現在の生活、
誰も愛さず、愛されもしなかった今までの人生。
そのバックグラウンドが分るよう、
細かい演出がなされており、
2人が行ってはいけない方向へと歩んでしまう気持ちが理解できる。
それ故に、もう切なくて切なくて・・・。
また、祐一の親代わりである祖母の房枝は、
祐一が犯人と報道されるや、
マスコミから容赦のない仕打ちを受ける。
殺された佳乃の父である石橋佳男は、
娘の死に直面して絶望するが、
最愛の娘が実は出会い系サイトで売春まがいの行為をしていたことを知り、
打ちのめされる。
その怒りの矛先は、殺した祐一ではなく、
峠に置き去りにした増尾圭吾へと向かっていく。
一つの殺人事件をそれぞれの立場から多角的に描くことによって、
善悪の曖昧さが浮き彫りになっていく。
いったい誰が本当の“悪人”なのか?
決して簡単に答えの出ない重いテーマを問いかけてくる。
そして、その重厚な世界観を成立させるために、
もっとも重要となってくるのがキャスティングだ。
祐一を演じたのは、妻夫木聡。
吉田修一の原作に感銘を受けたブッキー自らが、
本作への出演を熱望したという。
ブッキーももう30歳。
多分、ターニングポイントとなる作品を探していたのでしょう。
いつまでもチャラ男くんをやり続けるわけにもいかない。
顔が童顔だから、年齢を重ねるごとに役の選択肢が狭まる可能性もある。
渋い演技で、潰しが利くようにしておきたいところだ。
そして、狙い通り今までのイメージを一新。
トレードマークの笑顔を封印して、祐一という難しい役柄に挑んでいる。
個人的には見事にはまっていると感じた。
祐一を愛し、行動を共にする光代役は、深津絵里。
イメチェンを果たしたブッキーさえも霞んでしまうぐらいの存在感に圧倒された。
映画を見終わってから、思い出すのは深津絵里ばかりだった。
光代が抱く感情の揺れが、我々の心を揺らす。
その伝播力は凄まじく、それは深津絵里の演技力に拠るのでしょう。
ギリギリラインの濡れ場(このシーンの体位の意味に注目)もあるし、
小じわ・シミの映り込みをいとわないメイクとか、
久しぶりに女優魂を感じた。
モントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞したのも頷けるし、
今後もあらゆる賞を受賞するに違いない。
佳乃、圭吾をそれぞれ演じた満島ひかりと岡田将生も、
安定感抜群だった。
今をときめく主役クラスの若手俳優を脇に据えちゃうあたりが、
贅沢だ。
更に祖母の房枝に樹木希林、
石橋佳男に柄本明である。
鉄板な配役だね。
他にも宮崎美子、光石研、井川比佐志、塩見三省、松尾スズキ、でんでん等など、
まぁ、出てくる役者さんたちが、本当に素晴らしくって、
作品が締まりまくっていた。
ひとりでもクラッシャーがいたら、
この作品は絶対に成立しなかった。
そんな役者たちをまとめた李相日監督の腰の座った演出に脱帽。
99年の『青〜chong〜』以降、ずっと追いかけ続けてきた監督だけど、
本当に人の感情を紡いでいくのが上手い。
36歳でこれだもん。
凄いよ・・・。
豪華キャストとしっかりした演出。
考えさせられるテーマ。
切な過ぎる人間ドラマに、泣けちゃって泣けちゃって・・・。
あぁー、思い出すだけで切なくなる。
PS
深津絵里がモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞したという報道が、
様々な番組でかなりの露出をした。
そのいくつかを見たけど、
「そこを見せちゃダメでしょう!」という映画のワンシーンが使われていた。
報道する側は、映画なんか見ちゃいないだろうし、
“凄い演技”がその番組の中で紹介できて、それが視聴者に伝わりさえすれば、
映画の中身なんてどうでも良いんでしょう。
そもそもそういうシーンが入った映像素材をテレビ局に渡してしまうのが、
問題なんだろけどさ・・・。
映画見ておいて良かったぁ〜。
まぁ、なんにしても『おくりびと』同様、
モントリオール世界映画祭での受賞は、
本作にとってとてつもない追い風になることでしょう。