12/18よりユーロスペースほか全国順次 配給会社:スローラーナー (C)2010佐藤泰志/『海炭市叙景』製作委員会 |
1990年に自らの手で命を絶った作家佐藤泰志の同名短編連作小説の映画化。
18編の中から5つの短編を選び、海炭市という架空の町で暮らす人々の姿を描く。
それぞれの物語は独立しているが、
海炭市という共通項の中で微妙に繋がっており、
原作同様連作風な趣を持った作品になっている。
海炭市のモデルであり、ロケ地である函館の函館山を写したキービジュアルを見た瞬間に、
なんとも言えない凄みを感じ、見たいと思った。
そして、実際に見てみると、凄みだらけの作品だった。
坦々としたシーンが多いのにもかかわらず、
全編から凄まじい力強さが漂ってきた。
5つの物語はそれぞれ独立しているんだけど、
海炭市という共通項の中で微妙に繋がっており、
原作同様連作風な趣を持った作品になっている。
■「まだ若い廃墟」
事故で両親を失い、勤務先の造船所を解雇された若い兄妹。
■「黒い森」
夜の仕事に就いた妻と反抗期の息子を持つプラネタリウム勤務の中年男。
■「裂けた爪」
商売が思うようにいかないうえ、継母による息子の虐待に日々神経を尖らせる燃料屋の若社長。
■「ネコを抱いた婆さん」
立ち退きを迫られた猫と暮らす老婆。
■「裸足」
長年路面電車の運転手を務める父との確執により、
帰郷したのにも関わらず会おうとしない男。
登場人物たちはそれぞれ様々な問題を抱えており、
それが地方都市である海炭市の問題でもあり、
もっと言ってしまえば、海炭市自体が日本の縮図となっている。
竹原ピストルと谷村美月による兄妹の物語「まだ若い廃墟」は、
かなり救いのないエピソードだ。
不景気でリストラが横行する現代社会を象徴しているだけでなく、
日本の末路を描いているとさえ思ってしまった。
プラネタリウム勤務の比嘉隆三(小林薫)は、
妻の春代(南果歩)とも、中学生のひとり息子ともすれ違う毎日。
今の日本、こんな状況下の家庭は多いようのでは?
と思えるような家庭崩壊した核家族の物語。
個人的にはこのエピソードが一番心に響いた。
まだ家族としての形成を保ち、幸福だった頃の回想シーンと、
会話すら成立しない今とのギャップがあまりに痛々しくて・・・。
「あの頃は良かったのに・・・どうしてこうなってしまったのか・・・」って、
嘆く親はたくさんいると思う。
結局、それぞれが家族と真剣に向き合わず、逃げてきたからなんだろうけど、
いつまで経っても仲の良い家族なんて、そうそうあるわけがない。
反抗期の時は、自分も少なからず親を疎ましく思ったことがあったわけで、
この話を見て、「申し訳なかった」と反省してしまった。、
幸せが遠い昔になっても、隆三は家族を養い、妻との夫婦関係も維持する。
そんな男の姿が痛ましいうえ、
いつの日か、自分も隆三と同じ境遇に陥るのかな?って。
せ、切ねぇ・・・
でもね、「まだ若い廃墟」の兄妹の話よりは救いがあるんだよね。
そして、5編の中でもっともパワフルなのが、
燃料屋の若社長・晴夫が登場する「裂けた爪」でしょう。
なんといっても晴夫を演じた加瀬亮が素晴らしい。
苛立ちや怒りだけでなく、
優しさ、寂しさ、強さ、弱さ、誠実さ、狂気といった人間が持つ、
ありとあらゆる感情を見事に表現している。
晴夫は、感情の赴くままに、いきなり嫁さんの顔面を殴打するなど、
えげつないことをするかと思えば、
息子のことを心配し、気に掛けている。
守るべき人や物、地位があって、
それを維持するためにもがいている。
日々の暮らしの中で、もがいているのは晴夫だけじゃないでしょう。
多くの人たちだってもがいている。
晴夫がそんな人たちの苦しみを体現しているかのようだ。
晴夫のちょっとしたミスによる“裂けた爪”は、
晴夫、海炭市、日本、そして、日本で暮らす人たちそのものか?
「ネコを抱いた婆さん」に登場する老婆は、激変していく世の中で、
断固として己の意志を貫こうとする日本版“カールじいさん”だ。
いくら立ち退きを促されても、まるで応じないその意志の強さは、
土着せず、流れ、移ろい易い現代人に対するアンチテーゼか?
東京生まれの東京育ちなので、故郷がどうのというのがあまりないので、
故郷を離れている生きている人たちには、
いろいろと心に響くものがあるのかもしれない。
「裸足」で描かれる路面電車の運転手の父と息子の話も、
地元を離れて暮らしている人たちの方が、
いろいろと感じ入ることが出来るエピソードだと思う。
息子は父親だけでなく、
地方都市である地元自体をあまりよく思っていない。
なんも変わらない町並みをちょっとバカにし、
地元の酔っ払いのオヤジを蔑む。
こんな町にいても仕方がない。
だから東京に出て行く。
立ち退かない老婆と対照的な存在だ。
若者の地元からの流出。
これは多くの地方都市が抱える悩みのひとつだ。
一方、父親は、堅実な人間であり、
運転手一筋に一生懸命コツコツと働いてきた職人気質な人物。
これはかつての日本の父親像を具現化しているように思う。
そして、そういう人が少なくなってきたことへの寂寥の思いが込めれているのでは?
ということで、
様々な人たちが、様々な苦労を抱えながら、
それでも毎日を生きて行く。
辛い中でも新しい日はやって来るし、
新しい年もやって来る。
その都度、人は喜び、希望を持つ。
だから初日の出を見に行くし、初日の出を見て感動する。
そんな登場人物たちに共感して、慰められることもあるだろうし、
逆にこうはなりたくないと気持ちが、芽生えることもあるだろう。
『海炭市叙景』を見ると、
様々な感情が沸き起こり、ぐちゃぐちゃに入り乱れる。
本編を鑑賞した後、原作も読んだんだけど、
正直、未だに『海炭市叙景』を掴みきれていない。
そんな奥深さがある。
明確な答えのある映画ではないが、
それで良い類の作品だと思う。