2011年02月04日更新

#556 『ブラック・サンデー』

2010年2月6日から全国25の劇場でスタートした「午前十時の映画祭 何度見てもすごい50本」。


全国の映画ファンの投票をもとにセレクトされた、
“何度見てもすごい往年の名作50本”をニュープリントで上映するという企画だ。


午前十時なんで、自分が見る機会はほとんどないが、
客の入りが良くない午前中の興行を活性化出来るし、
劇場に足を運ばなくなったが時間的に余裕があるシニア層や、
年齢的にスクリーンでの鑑賞が叶わなかった若い映画ファンにもアピール出来るので、
良い企画だなと思った。


そして、「午前十時の映画祭」は、
2月6日から2011年1月21日の約1年間で、累計586,838人を動員し、
567,576,000円の興収を記録した。


この成功を受けて、「第二回午前十時の映画祭」の開催が決定。


午前十時の映画祭


しかも新たに25の劇場が加わり、
本数も劇場ごとに赤シリーズ50本、青シリーズ50本と二つに分けて倍の100本に!


で、今回ご紹介する『ブラック・サンデー』は、
青の50本にエントリーされた1977年製作のアメリカ映画なんだが、
本作には映画ファンだったら誰もが知っているエピソードがある。


『ブラック・サンデー』は、テロ集団“黒い9月”と、
彼らの恐るべき計画を阻止しようとするイスラエル特殊部隊の戦いを描いたサスペンス・アクション大作だ。


ブラック・サンデー


後に「羊たちの沈黙」を書いたトマス・ハリスの小説の映画化で、完全にフィクションなんだが、
実在のテロ組織が出てくるからか、あるいはパレスチナ問題に触れているからか、
ここ日本では公開日直前に「公開したら劇場を爆破する」という脅迫があり、
公開中止になってしまったいわくつきの作品なのだ。


この頃、まだ3歳だったんで、後から知った話ではあるが、
当時は大きなニュースになったという。


その頃のことを知る元「ぴあ」のライターさんの話では、
『ブラック・サンデー』が「ぴあ」の表紙に決まり、校了した後、
公開中止にの噂が流れ、上司に伝えたところ「そんなことあるはずない」と。


結局、『ブラック・サンデー』は公開中止となり、
「ぴあ」の中で唯一、未公開映画が表紙となり、
一ヵ月間(当時は月刊誌)そのまま本屋に並んだという。


他にも公開中止の余波は多岐に渡ったに違いない。
(代わりに上映された映画がなんだったのか、気になるな)


映画の出来もよく、大作感もあり、
その年の作品の中でも目玉的な作品だったにも関わらず、公開中止。


テロに立ち向かう人たちを描いた映画なのに、テロに屈してしまったわけだ。


そんなこんなで、日本で劇場公開されなかった本作は、
長らくカルト的な扱いを受けた。


で、自分が初めて見たのは、いつだったかも覚えていないぐらい遥か昔のテレビ放映の時だ。


どんなシチュエーションだったかも定かではないんだが、
面白かったということだけはしっかり覚えていた。


2006年にDVDの発売を記念して、
新宿にあるホールでスクリーン上映されたことはあるらしいんだが、
「第二回午前十時の映画祭」で初じめて劇場公開されるに至った。


なかなか粋な作品選定だと思う。


そして、公開前にマスコミ試写会が開催され、そこで久しぶりに見たのですが、
いやはや、やはり面白かった。


ベイルートにある“黒い9月”のアジトを襲撃したイスラエル特殊部隊のカバコフ少佐は、
そこでテロ計画の情報を掴む。


一方、今回の計画の中心人物である女闘士ダーリアと、
祖国を恨むベトナム帰還兵のランダーは、
カバコフたちの捜査をかいくぐりテロの準備を着実に進めていく。


その標的は8万人の観客が集まるスーパーボールの会場だった・・・。


冷静沈着だが、情にも厚いカバコフ、
計画実行のためには手段を選ばないが、感情的な脆さもあるダーリア、
祖国に対する幻滅が恨みとなり、テロに走るランダー。


この3人の描写がよく、作品に厚みを与えている。


そんな三人をそれぞれ演じた役者も演技派揃いだ。


カバコフを演じたのは、『スティング』(73)、『ジョーズ』(75)での名演が記憶に残るロバート・ショウ。


シブ柿みたいに渋いね。


そして、走って走って走りまくる。
この約1年後にこの世を去ってしまったなんて信じられないぐらい元気だ。


ロバート・ショウの雄姿をスクリーンで見ることが出来ただけでも有難い。


イーストウッドの新作『ヒア アフター』にも顔を出していたマルト・ケラーは、
女テロリスト・ダーリアのテロに賭ける情熱や焦燥感を巧みに演じている。


そして、なんと言ってもランダー役のブルース・ダーンが最高だ。
当時のチラシには、まだこの頃ベトナム帰還兵の後遺症に対する知識がなかった故か、
ランダーのことを精神異常の男と表現しているんだが、彼はある種のPTSDに陥っているんだと思う。


ランダーはベトナム戦争によって、名誉も誇りも、そして愛する妻も失う。
彼の受けた心の傷は大きく、忠誠心は祖国への復讐心へと変化してしまう。


更にテロの実現こそが、彼を捨てた嫁さんに対する存在証明であり、
あてつけになると信じている。


そんな屈折したランダーを“黒い9月”が利用しているに過ぎない。
ランダーは可哀想な男なのだ。


実は、不謹慎ながらも見ている最中にテロが成功して欲しいと思ってしまった。
それはランダーに感情移入してしまったからだ。


これはブルース・ダーンの演技によるところが大きい。


そして、腰を据えてじっくりと名優たちの芝居を捉えるカメラが良い。


映像は全編を通して重力感があるし、ワンシーンワンシーンが丁寧に撮られている。
アクションシーンも今の映画見たいにパッパッパッとカットを割らない。


クライマックスのスタジアムでのパニックシーンは、
早いカット割で誤魔化しているように見えるけど、
ちゃんと臨場感を出している。


今の技術をもってすれば、もっと凄いシーンになるんだろうけど、
当時はないんだから仕方がない。


下手にミニチュアとか使って撮ったりしたら、
きっと作品のテイストを破壊していたに違いなく、この選択は正しいように思う。


『ブラック・サンデー』の時代は、携帯電話も、
パソコンも、高度なセキュリティシステムもない。
全てがアナログ。


あらゆるものが飛躍的な進化を遂げた現在を知る者が見ると、
古くさく感じるかもしれないが、
逆にあの時代だからこそ、この傑作が生まれたんだと思う。


70年代という時代をいい意味で感じさせてくれる傑作だ。
この機会に是非劇場で!


午前十時の映画祭

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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