<ディープツアー2013 一覧>
【1】「ディープツアー2013 等々力」
【2】「ディープツアー2013 二子玉川」
【3】「ディープツアー2013 逗子」
「ディープツアー2013 逗子」からの続き。
念願だった「名越切通し」の後は、
時間と体力があったら鎌倉アルプスと呼ばれる山越えをして、
円覚寺を経て北鎌倉駅から帰ろうかぁーと言いながらも、
なんとなくプラプラと大町を散策。
横須賀線の線路を渡り、
鎌倉方面へと向かうと、途中に「日蓮乞水」があった。
1253年、現在の千葉から鎌倉入りを果たした日蓮が、
この地で急にのどの渇きを覚え、
杖を突き刺すとそこから水が湧き出たという伝説の井戸で、
鎌倉五名水の一つとのこと。
鎌倉通の佐藤アサトもこの史跡の存在を今まで知らなかったようで驚いていた。
興奮気味の佐藤アサトと相談し、
一昨年も通った通称ガストンネルを抜けて、小町方面へ出ることに。
途中、「大寶寺(だいほうじ)」に立ち寄る。
佐藤アサトによると本堂の裏手に大きなやぐらがあったらしいんだが、
見当たらず。
彼の勘違いが、それとも埋められてしまったか?
日蓮宗の大寶寺はそれほど大きな寺ではないが、
自分たち意外は誰もいない。
観光客が大勢いるお寺よりも、小さくても閑静な寺の方が好きだ。
この後、一昨年訪れたものの通行止めだった
「釈迦堂切通し」の様子を見に行くことにしたんだが、
前夜の寝不足と早朝からの“等々力渓谷攻め”が堪えたか、
この辺で突如、全身に疲労を感じ始めた。
曇天で、気温もそこまで暑くはないけれど、
湿度は高く、汗も結構かいている。
軽い熱中症の恐れもあり、小まめに水分補給をし、
首にギャツビーのスーパークールシートをあて、
その上にタオルを巻いて歩いた。
これが効果覿面で、この後、体力が回復した。
まだまだ散策できそうなので、
「釈迦堂切通し」を目指して歩いていると、
途中の道標に「黄金やぐら」の文字が。
ここから200メートルと書いてあり、
200メートルぐらいならと行ってみることに。
が、標識通りに結構歩いても「黄金やぐら」が現れない。
どう考えても200メートル以上歩いている。
見落としたか?
来た道を戻ってみるも、見つけられないまま先の道標へ。
佐藤アサトは「黄金やぐら」に行ったことがあるらしいんだが、
かなり昔のことで、どこにあったか覚えていないという。
再び道標に従い、歩き出すもやはりない。
途中、干上がった川で遊んでいた地元の子供たちに聞こうかとも思った、
この散策で、第三者に道を尋ねたことはない。
プライドが許さん。
自力で見つけるのだ。
そんな意地を持って「黄金やぐら」を探していたんだけど、
その代わりにイモリ(?)の轢死体を発見。
※グロなのでポップアップにしました。
ムカデやらイモリやら、
鎌倉にはいろんな生き物の死骸が落ちています。
そんなことはどうでもよくて、
「黄金やぐら」だ。
だいぶ歩いた先に地域案内地図が掲示されていたんだけど、
そこには「黄金やぐら」の記載なし。
仕方なくiPhoneで調べてみると、
なんとyoutubeに先程の道標からの行き方の動画が上がっていた。
すごいな、youtube&上げた人。
そのyoutubeの映像のお陰で、
なんとか「黄金やぐら」に辿り着くことができた。
絶対にあの道標から200メートル以上あったし、一回左折している。
左折しろと言うお知らせは皆無!
この適当さが鎌倉らしい。
さてこの「黄金やぐら」、やぐらなので昔のお墓なのですが、
やぐらの内部の水中に光ごけが発生し、
覗くと黄金に光ったから「黄金」となったそうな。
どれどれ今も黄金に光るのか調べてみようではないかと、
「黄金やぐら」へと続く足場の少し悪い傾斜面に足を向けるも、
佐藤アサトがついてこようとしない。
「行かないの?」と問うと、「俺はいいっす」との返答が。
出た。
昨年の稲城の「威光寺」の「弁天洞窟」や
「護良親王(もりながしんのう)の首塚」に続く、佐藤アサトのビビり症。
仕方なく一人で坂を下ると、今度は小生がビビるは羽目に。
入口付近に行くと、
スズメバチがブンブン飛んでいるではないか!
それでもなんとか内部の撮影に成功。
光ごけはなく、あるのはくもの巣でした。
200メートルならばと立ち寄ることにしたのに、
思いのほか多くの時間をとられたうえ、
あまり大したことがなかった「黄金やぐら」を後にし、「釈迦堂切通り」へと向かう。
行く途中の話題は、もっぱら「釈迦堂切通し」の上にある「北条時政邸跡」について。
現在、某企業に土地を買われ、立ち入り禁止状態。
さらに、土地開発で破壊の危機に瀕している。
発掘調査の結果、北条時政の時代の史跡ではないことが判明したが、
それでも立ち入り禁止、破壊されるかもという状況が、
よりいっそう、行ってみたいという気持ちを駆り立てる。
「釈迦堂切通し」から少し外れた坂の上に入口があるというので、
ダメ元で行ってみたのですが、やっぱりダメでした。
人の立ち入りを防ぐためのバリケードはさほど高くなく、
よじ登ろうと思えば柵越え可能だが、
その先の多い茂った雑草というか、雑木林が行く手を阻む。
まぁ、入れたとしても所有地なので、
無断で立ち入った場合、不法侵入になってしまうんだけどね・・・。
とりあえず、開発の手はまだ入っていなかったことを
確認することができたので、それは良かったように思う。
続いて、行ったのが、「釈迦堂切通し」。
この光景には少し衝撃を受けた。
一昨年、ここに来たときも既に立ち入り禁止だったが、
ここまで荒れてはおらず、道に雑草は生えていなかった。
たった2年でこの変貌。
人の手が入らない、立ち入らないとダメなんだな。
2年前の「釈迦堂切通し」
鎌倉屈指の景観を誇るのに、
この荒廃ぶりに愕然とさせられた。
バリケードの左手を見ると金網が破られていた。
もしかしたらそこから「釈迦堂切通し」の上にある
「北条時政邸跡」に行けるかも!?
という淡い期待を抱いたが、
金網の先はとても突っ切れる状態ではなかった。
登り損・・・。
「旧北条時政邸跡」と「釈迦堂切通し」が、
整備され、一般公開に至る日が来るのだろうか?
頼むよ鎌倉市!!
なんともいえない嫌な気分を引きずりながら小町方面へ向かうと、
ガストンネルの少し手前の小道の交差点で、
佐藤アサトが「なんだあれ!?」と驚きの声を上げた。
佐藤アサトが目を向けたほうに行ってみると、
なんと断崖の途中にトンネルが!!
完全に塞がれている穴の上を見ると「五岳荘」というトンネル名を記したプレートがあり、
早速iPhoneで調べてみた。
同じようにこのトンネルの存在に気が付いた人のレポートはアップされているものの、
「五岳荘」トンネルがどのようなトンネルであったかを伝えるサイトはなく、謎のまま。
「五岳荘」の横には小さなトンネルがあったんだけど、私道。
「五岳荘」の向こう側がどうなっているのか猛烈に気になるのですが、
私道は土地所有者の許可なく立ち入ることが出来ません。
ということで、私道トンネルの先については、
詳細をレポートしているこちらのサイトに譲ります。
因みに現在は反対側には住宅が建ち、完全にトンネルの入口は塞がれているそうです。
やっぱり鎌倉ってワンダーだ。
大町側から小町側に抜けるため、
一昨年通ったガストンネル(正式名称不明。通称「宝戒寺トンネル」?)を目指して歩いていると、
右側に崖崩れ防止用の柵の奥にやぐららしきものを発見。
ここ数年の散策ですっかりやぐらフェチと化した佐藤アサトも興味津々。
結構、急な坂を上り切るとガストンネル。
以降、「ディープツアー2013 鎌倉PART2」へと続く。