2016年07月14日更新

ディープツアー2016 特別編 建長寺

<ディープツアー2016 記事一覧> 
「ディープツアー2016 特別編 序章」
「ディープツアー2016 特別編 朝比奈切通し」
「ディープツアー2016 特別編 天園ハイキングコース」




「ディープツアー2016 特別編 天園ハイキングコース」からの続き。


勝上献展望台から階段を下ると半僧坊。


もう受付は閉まっていた。


IMGP5461_RRr.JPG
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時計を見ると16時20分。


天園ハイキングコースに入ったのが、13時20分だったので、
約3時間も歩いていたことにある。


さて半僧坊ですが、様々な鎌倉の本やネットで縁起を調べたんだけど、
イマイチ理解が出来ない。


自分なりにまとめられないので、縁起は公式サイトに譲ります。


受付の横に門のようなものがあったが閉まっていたので、
門の上部にカメラをかざして内部を撮影。


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右奥の岩壁に何か彫られているようだ。
額縁のようなものも気になるが、一体なんだろう?


でも一番目を引くのは、梯子や三角コーン、猫車といった乱雑に置かれた品々。


なんか残念な気分になる。


同じく切ないのが、門の前にあった割れた石碑と崩壊した燈篭。


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修繕とかしないのかね。


さらに残念なのが、富士見台。


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なんも見えん…。


きっと澄んだ冬の朝とかじゃないと富士山は見えないんだろうな。


富士見台の脇にある階段の両脇には多くの天狗。


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半僧坊の鎮守の大権現が天狗とのこと。


権現とは神の仮の姿。


天狗の群れを見ながら恒川光太郎は、
「これに囲まれてカツアゲされたら怖いなぁ」みたいなことを言っていた。


やっぱり発想が面白い。


天狗の前の参道。


IMGP5470_RRr.JPG


鎌倉屈指の観光スポットなのに、誰もいない。


とても静かでよろしい。


平日、雨というのが作用しているのでしょう。
この時ばかりは雨に感謝。


よく見ると半僧坊の門の中にあったのと同じ三角コーンが、
階段の脇に置いてある。


誰もいない参道を歩く。
途中、見所ポイントが多々あった。


しかし、恒川光太郎もお疲れ気味だったし、
小生は履き慣れないトレッキングシューズのせいか、
かなり前から足が痛くて、見所ポイントに足が向かなかった。


途中、普通の道みたいなところを歩いていると、
モミジと思しき木が。


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5月なのに紅葉?


植物に詳しくないので調べたら、
春先にも赤くなる品種があるようだ。


野村紅葉かな?


なんで野村?
濃紫(のうむら)が転じて野村になったそうな。


そんな紅葉の近くの家屋。


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廃屋。


窓際に置かれた段ボールに、
「ウォータークリーナー 天竜 SFR」と書かれている。


検索したら庭園用の噴水がヒットした。


かつては、噴水があるぐらい立派な庭があったのだろうか?


鎌倉に限らず、全国各地で空家問題が勃発している。


住みたい街ナンバー1の地元・吉祥寺にも、
長らく人が住んでいない廃屋がいくつかあるが、
最近、軒並み解体され新たな家が建てられている。


確かに廃屋は倒壊の恐れがあるし、
街の景観を損ねるけど、なぜかロマンを感じる。


なので、解体されるのはちょっと寂しい。
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廃屋から歩いて数分、建長寺に到着。


まず目を奪われるのが唐門。


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平成23年(2011年)に解体修理されたばかり。


ネットで「建長寺 唐門」で検索すると、
修繕前の唐門の画像がいくつかヒットしたので、
見比べてみたが、その輝きはまるで違う。


どこまで忠実に再現されているのだろうか?


唐門の脇を進むと建長寺の大庫裏(だいくり)。


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庫裏(庫裡)とは、僧侶の居住する場所。
台所を兼ねるケースもある。


“大”が付くだけあって、まぁ、デカいっす。


流石、鎌倉五山第一位。


鎌倉時代の建長5年(1253年)の創建。
開基は第5代執権北条時頼で、開山は宋の高僧・蘭渓道隆(らいけんどうりゅう)。


開基は平たく言うと、建立に際して金を出した人。
開山は初代の住職。


禅寺の呼称が使われたのは、建長寺が初めてだという。


中国の僧侶を迎え禅宗を取り入れたのは、
京都の貴族たちへの対抗心があったからと言われている。


大庫裏を通り過ぎると龍王殿があり、
襖絵の龍王図が特別公開されていた。


IMGP5474_RRr.JPG


作者は白浪(はくろう)。


いつの時代の人かというと、なんと現代。


中国人で、青梅市在住。


ちゃんとサイトもありました。


龍王殿の裏には庭園が。


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庭園を眺められる用、通路にはベンチが用意されていた。


建長寺の境内には数名人がいたが、ほとんどが西洋人で、
ここでも2組の西洋人が、ベンチに腰かけて庭園を眺めていた。


蘭渓道隆が作庭し、中央の池の名前は、さん碧池(さんぺきち)。


庭園は改修されているようで、現在のものは創建750年を記念して、
平成15年(2003年)に造園されたもの。


恒川光太郎と一緒にベンチに座り、
庭園を眺め、疲れを癒していると烏が池の水面をかすめ飛んできた。


なんと池の中にいたザリガニを捕獲して、食べ始めた。


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外国人観光客も「おぉぉぉ」と声を上げ、
ザリガニを食べる烏にカメラのレンズを向けていた。


龍王殿を出て、境内をブラブラ。


殆ど人がおらず、西洋人カップル2組ぐらい。


超人気スポットが貸切状態。


好きなところをゆっくりじっくり見られる!


屋根がスーパー美しい鐘楼。


IMG_8710_RRr.JPG


そもそも鐘楼が萱葺というのは珍しんだが、
それにしても見事だ。


これだけ刈り込んでいるのは、
任侠映画出演時の高倉健さんか建長寺の鐘楼かってぐらいだ。


しかし、「建長寺 鐘楼」で画像検索すると、
現在とは異なる茅葺屋根の鐘楼が多数ヒットする。


近年、屋根ごと取り換えられたようだ。


これだけ立派なので、重要文化財に指定されているかと思ったらさにあらず。


でも鐘楼の中に佇む梵鐘は、国宝!!!


IMG_8713_RRr.JPG


建長7年(1255年)に鋳物師・物部重光が制作した建長寺創建時の逸品。


重さは2.5トン。


ウルトラマンのメガトン怪獣スカイドンの20万トンには遠く及びませんが、
鎌倉時代にこれだけ重たい鐘をどうやって吊るしたのでしょうか?
(まぁ、それは平安時代に鋳造された梵鐘にも同じことが言えるのですが)


有名な三門(山門)。


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安永4年(1775年)の建立の重要文化財。
(でも2005年と割と最近指定されている)


何度も倒壊をしているけど、
一番最後は、大正12年(1923年)の関東大震災。


2012年のディープツアー時、
鎌倉駅の東西を結ぶ地下道に展示されていた写真がコレ。


kenyou%A1%A6JPG.jpg


その後の再建されたとはいえ、現時点で築100年弱。
凄いねぇ。


もう少し境内を見学と思ったものの、何気に時刻は17時で閉門時間。


僧侶の方に出るように促されてしまった。


以降、「ディープツアー2016 特別編 鶴岡八幡宮」へと続く。

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プロフィール

1974年、東京都生まれ。少年時代、ジャッキー・チェンの映画に魅了され、映画小僧の道を突き進む。大学卒業後、映画宣伝代理店に入社。『リーサル・ウェポン4』、『アイズ ワイド シャット』、『マトリックス』などを担当。

2000年、スカパー!の映画情報専門チャンネル「カミングスーンTV」転職し、映画情報番組の制作を手掛けたのち、2006年、映画情報サイトの運用に従事。その後、いろいろあって、2013年7月よりCS放送「エンタメ〜テレHD」の編成に携わっている。

本ブログは、多ジャンルの情報提供を志すT-SHIRT-YA.COMのオファーを受けて、2003年4月にスタート。2007年12月にブログ化。
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