10月中旬の某土曜日、久々に井の頭自然文化園に行ってきた。
前回来たのいつだったか、全く覚えていないが、
ここ数年来ていないはず。
まず、フンボルトペンギンがいるのに驚いた。
いたっけ?
コチラのサイトによると2014年3月にやって来たらしい。
ペンギン、23年ぶりですかぁ〜。
狭いプールでストレス溜まらないのかな?
井の頭自然文化園といえば、象のはな子がその象徴だったわけですが、
周知の通り、今年の5月26日に国内最高齢の(※推定)69歳で永眠。
以前だったら人だかりが出来ていたはな子の観覧場所は、
家主を失い閑散としていた。
ここから何度はな子を眺めたことだろう。
記憶にはないが、幼稚園の遠足で間違いなく来ているはず。
その前にも家族で訪れた記憶がうっすらと残っている。
物心ついた頃からは、ほとんど井の頭自然文化園に立ち入ることはなかったが、
10年ぐらい前からちょいちょい足を運ぶ機会があった。
その際は間違いなく、はな子を見ていた。
保存してある写真を探ってみたら、2010年5月9日に撮影した写真を発見。
はな子は、昭和22年(1947年)にタイで生まれた(正確な誕生日は不明)。
大戦時、友好国であったからか、タイの実業家によって、
戦争で傷ついた子供たちのために贈呈され、1949年9月に日本へやってきた。
はな子という名前は、公募で決まったという。
当初は上野動物公園で飼育され、
1950年からは移動動物園で都内を回った。
そして、武蔵野市と三鷹市の熱望により、
1954年3月5日に井の頭文化園へ移された。
1956年に酔ってゾウ舎に侵入した男性、
1960年に飼育員を踏み殺すといった事件を起こすも、
園と飼育員の尽力により人気を取り戻し、
井の頭文化園にいなくてはならないスターとして君臨した。
小生にもはな子に対する思い出が、少なからずあるわけだから、
多くの方々が、それぞれはな子への思いがあってしかるべき。
その証拠がゾウ舎にあった写真や絵、献花。
死後5ヶ月ほど経っているのに、
未だに花が手向けられるているのが凄い。
ちょっと目頭が熱くなった。
やはりはな子がいないと寂しいね。
その後、こちらも井の頭文化園の人気スポット、サル山へ。
なんだか猿の数が著しく減ったような気がするのだが…。
猿も活発に動いておらず、見応えがあまりなかった。
サル山の奥には小規模な遊園地がある。
小さい観覧車があった記憶があるのだが、
そのようなものは見当たらない。
調べたら1995年に廃止になっていた。
ガキの頃から来ていなかった井の頭文化園に再び訪れたのは、
10年ぐらい前なので、その頃には既に撤去されていたことになる。
観覧車の記憶は、一体いつの頃のもの?
続いて、こちらも井の頭文化園に来たらマストのリスの小径。
珍しく静止しているリスがいて、綺麗に撮れた。
リスが抜け出さないために二重扉になっているんだけど、
出入口に人が付っきりで、警備が厳重だった。
2012年に台風の影響でリスが30匹脱走する事件があったからか?
この後、資料館へ行ってみると、
特設展示「アジアゾウ はな子の69年」が開催されていた。
興味深かったのが、はな子に限らず、
日本におけるアジアゾウの歴史に触れている点。
アジアゾウが初渡来したのは、室町時代の応年15年(1408年)。
第4代将軍・足利義持の時代で、朝鮮からの献上された。
その後も戦国・安土桃山時代の武将・大友宗麟、豊臣秀吉、徳川家康へ、
明やルソン(フィリピン)などから日本に贈られている。
この特別展示では、特に徳川8代将軍吉宗が発注したゾウに言及。
1728年にベトナムから長崎に上陸し、
その後2カ月以上かけて江戸まで歩き、浜離宮で飼育され、
最後は民間に払い下げられて、今の中野区内で公開されていたという。
小さい頃から身近にはな子がいたせいか、
ゾウの日本での歴史なんて気にしたこともなかった。
さらに井の頭公園の貴重な写真も展示されていた。
大正6年(1917年)、井之頭恩賜公園開園当日の七井橋。
日本初の郊外型公園として開園しただけあって、
開園初日の来園者の人数が凄まじい。
これだけの大人数が乗っても落ちない七井橋。
なかなか凄い。
そして、開園時の井の頭自然文化園正門。
今とは大分違う景観だ。
あまり知らていなが、井の頭自然文化園は、
明治38年(1905年)に日本資本主義の父・渋沢栄一が開園した、
非行少年を収容する東京市養育院感化部井ノ頭学校があった場所。
昭和9年(1934年)、現在、自然文化園分園のある場所に中之島小動物園が開園。
昭和14年(1939年)、井ノ頭学校が移転することになり、
その地に大きな動物園を建設する計画が持ち上がるも,
戦時下で主だった動物の確保が出来ず、規模を縮小して1942年5月17日に開園した。
当初の計画通りではないにせよ、
1942年といえば、ミッドウェイ海戦のあった年。
そんな状況下で、動物園が開園されたのも驚きだ。
しかもキリン、ラクダ、ニホングマ、ホッキョクグマが飼育されていた。
(残念ながら、それらの多くが、戦時下により殺処分されている)
この特別展示会のお陰で、
日本におけるアジアゾウと井の頭文化園の歴史が学べた訳ですが、
展示会の主役はもちろんはな子。
はな子の来日時の写真。
解説文より。
はな子を乗せたデンマーク船オルフ・マークス号は、
1949年8月22日にタイのバンコクを出発し、
9月2日に神戸港に到着しました。
上野動物園からゾウ飼育係 渋谷信吉氏が引き取りにきました。
神戸から鉄道に乗り換え、9月3日に国鉄汐留駅に到着しました。
新聞のニュースで知った都民が五万人以上も動物園に集まったため、
汐留駅から上野動物園に向かう途中でトラックから降ろし、
動物園まで進行し、9月4日に到着しました。
スターが来日した際に、
空港で大勢のファンが出迎えることがある。
なんかそれに似ている。
1950年、井の頭文化園初来園時の写真。
ハナ子に餌をあげている男の子は、8〜10歳ぐらいか?
生きているとしたら、約70歳になる。
果たしてご存命なのだろうか?
この他、堀に落っこちてしまったハナ子など、
これまで見たことのない写真や映像、
ハナ子の遊び道具など様々な物が展示されていた。
当初は10月30日(日)までの開催だったが、
好評だったようで、12月28日(水)まで期間延長されたようなので、
興味のある方は是非。
■「はな子」ありがとう! 銅像募金
※平成29年3月31日まで
■武蔵野市立吉祥寺美術館 ゾウのはな子と撮影した写真募集中!